ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
核反応のエトセトラ
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    津波被害は甚大だけど、これから徐々に回復していくことでしょう。瓦礫の山から死体を回収している自衛隊の皆様には頭が下がります。

    日本経済にたいする影響が大きい計画停電の問題は、非常に情報が錯綜しているけど、これは仕方ないんじゃないかなと思いながら眺めております。そのうち落ち着いてくることでしょう。

    今最も危ないのは福島原発関連だけど、これとて外野がいきりたってもどうしようもないしなあ。日本の原子力行政の問題点については、一時期盛んに議論されて、その後下火になったけど、もう一度見直されることになるんじゃないかしら。

    福島原発に関しては、メルトダウンになる寸前で必死に給水作業を行っている感じがしますね。それにしても、池田ノビー先生からして「核爆発」なんて言葉を使っているのは見過ごせないな。普通に「核分裂反応」と言って欲しいところ。

    放射性元素というものは、それが少量であろうが、半減期にしたがってある確率で勝手に崩壊して放射線(α、β、γ線)などのエネルギーを放出します。これが崩壊熱の正体です。放射性物質がある量以上集まると臨界に達して、連鎖反応を起こします。この連鎖反応を制御しながら運転するのが原子力発電で、一気にエネルギーに変換させるのが原子爆弾です。

    なぜ連鎖反応が起こるかといえば、崩壊する放射性元素から出る中性子が隣の放射性元素を刺激するからです。この反応が連鎖的に起こるのが臨界現象で、これを制御するには中性子の数を減らす必要があります。制御棒というのは中性子を吸い込むことで反応を制御します。制御棒の素材は、昔はグラファイトだったと思うけど、今はよくわからない。

    ところで、軽水炉というのは、核反応を制御するのに水を使う原子炉のことです。普段は水が中性子速度の減速材なのだけど、完全に停止する時に制御棒を使います。いずれにしろ、現在の福島原発の状態は、とにかく注水して核反応を抑制するために奮闘している状態です。報道を見る限り、かなり危ない綱渡り状態。

    ピンちゃんも大して詳しいわけじゃないけど、だんだん深刻な状況になってきているような気がしてます。
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    東北巨大地震のエネルギーに関する一考察
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      あまり深刻ぶったことばかり書いてもしょうがないので、視点を変えて地震の少し科学的な話。やはりピンちゃんは、なぜこんな巨大地震が起こったのかが気になります。けど、原因究明は専門家にまかせて、ちょっとした数値計算をしてみます。

      E = (10^4.8) * 10^(1.5 M) [J]

      この式を使って、マグニチュード9のエネルギーを計算してみましょう。関数電卓はここを利用しました。計算する前に少し式を変形すると、

      E = 10^(4.8 + 1.5*9) = 10^(4.8 + 13.5) = 10^(18.3) = 10^(0.3)*10^(18)

      E = 2.0*10^(18) [J]

      さて、ここからが問題です。そもそもジュール[J]というエネルギーの単位が何者なのか分からないから、単に大きい数値としか認識できませんね。分かりやすいワット[W]で説明すれば、W = J/s なので、100Wの電球なら、2*10^(16)秒ほど灯しつづけられるはずです。つまり、6億3千万年くらい。ますますわからん(笑)。

      ということで、地震や津波の話と関連させたいので、別の説明をします。ジュール[J]の定義は、1ニュートン[N]の力がその力の方向に物体を1m動かすときの仕事です。1ニュートン[N]の力とは、1kgの物体を毎秒1mづつ加速させられる力です。う〜む、正直言ってこれも分かり辛いでしょうね。

      地球の重力が1kgの物体に加える力が約9.8[N]だと言えば、だいたい感じは分かるんじゃないかしら。ここまで我慢して読んでくれた方なら容易に分かってもらえるだろうけど、地震というのはプレートに蓄積された弾性エネルギーが放出される現象です。この弾性エネルギーは、地面を揺らすために使われる分(地震)と、海水を波立たせる分(津波)に分かれますね。

      実際にはその割合がどれくらいか知りませんが、簡単のために半々に使われたと仮定します。すると、今回の東北巨大地震での津波のエネルギーは、1.0*10^(18)[J]ということになります。100Wの電球を3億千500万年灯しつづ(略)。

      さて、このエネルギーが実際どのくらいすごいのか。ここからが、このエントリの本番です。

      ところで、みなさんは琵琶湖の貯水量をご存知でしょうか? 博識なピンちゃんはgoogle検索の方法を知っているので、すぐに27.5km^3だと答えられます(笑)。重量に直せば27500トンです。従って、27500000kgです。ようやく結論に近づいているのだけど、琵琶湖を1[N]の力で1m動かすのに必要なエネルギーが27500000(2.75*10^7)[J]です。1km動かすには2.75*10^(10)[J]必要です。津波は三陸沖から広範囲に被害を与えたのだけど、仮に1000km移動させるためには、2.75*10^(13)[J]のエネルギーが必要だったはずです。

      以上をまとめると(といっても仮定しまくってるけど)、琵琶湖36000個分の水量を1[N]の力で1000キロ移動させるほどのエネルギーであったと結論できます。何しろ凄いエネルギーですね。

      ・・・

      話を分かりやすくするために、津波が波動であることや海水の粘性などを全く無視した試算ではあるけど、大まかな話をある程度の定量性をもってイメージできたのではないかなと思っているのだけど、どんなもんでしょ。もちろん、津波は放射的に広がっていくから、上で試算した津波のエネルギーが全て日本列島に襲い掛かったわけではないけど、それにしても凄いエネルギーです。

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      英国の「地球は平たい教会」について
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        先日書いた赤貧日記「何れの処か酒を忘れ難き 天涯旧情を話す」というエントリの最後に、
        235号線を進んでいくと左手に海が広がっている。水平線が丸い。地球は丸いなと思いながら西日のなか家路を急ぐピンちゃんなのだった。

        と書いたわけなのだけど、実はもっといろいろ思ったことがあった。なるほど、水平線が丸ければ、地球は丸いと気づく人は少なからずいただろう。そうは多くなかったにしても。いつの時代の想像だか知らないけど、地球は丸いお盆で海や陸地があり、その下を巨大な象が支えているというのは、あながちバカに出来ない。

        その象がときどき欠伸でもすれば、それが地震だとか思っていたのでしょう。ピンちゃんがちょっと気になるのは、その巨大な象の足元はどうなっていたと想像していたのか、ということ。なんだか知らないけど、象なんだから足元にはしっかりした大地があるって話なのだろうか?

        もちろん、ピンちゃんだって大昔の人間なら、似たようなことを考えたかもしれない。水平線(や地平線)が丸いという事実から分かるのは、平面的な事実だけである。そこから一足飛びに地球が球体だと分かるはずがない。ちょっと酔い始めているので、ここから調べないで想像だけで書きます。

        水平面以外で地球が丸いと分かるひとつの証拠には、帆船のマストがあったはずです。つまり、海の向こうから帆船が自分に向かってやってくると、マストの天辺から見え始め、徐々に船体が明らかになる。これを見れば、観察眼の鋭い人なら、海の向こうは下に下がってると気づくはずです。

        となると、一般庶民の中で勘の鋭い人が、地球はお盆じゃなくて、もっとこう、別の丸まり方をしているんじゃないかと思い始めたのは、大きな帆船が出来て七つの海を駆け巡り始めた「大航海時代」ではなかろうか。

        特別学問がない港の水夫みたいなひとが、直感的に分かっていたかもしれない。ただ、彼らにそれを分かりやすい(しかも、現代で言う科学的な)説明ができなかっただけじゃないかなと、ピンちゃんは思うのです。

        ・・・

        そんなことを思いながら車を運転していたのだけど、もうひとつ思い出したのが『狐狸庵VSマンボウ』。遠藤周作と北杜夫両先生の対談集なのだけど、これがとても面白い。

        ピンちゃんの手元にあるのは「講談社昭和56年6月15日第12刷発行」という文庫本で、119頁から始まる「対談●昭和43年暮 なぜ月は落ちてこないか」がとてもよいのである。すべて書き写したいくらいなのだけど、抜粋します。

        科学とは関係ない話をしばらくしたあと、マンボウ先生が狐狸庵先生に問います。
        「遠藤さんという人は(中略)、これまでおつきあいしてみて、おそらく科学に弱いと思う」
        「まったくそのとおりです」
        「地球がまるい、という説がありますね。逆に英国に「地球は平たい教会」なんていうのがあるでしょ。(後略)」
        「ぼくもそのくらいは知ってます。扁平です」
        「強いて正確にいえばそうです」
        「つまり、フットボールの形です」
        「ハハア、すばらしいご知識」
        「あんまりバカにせんでくれ、きみ」
        「しからば、フットボールにしろ、あるていど、まるいでしょ? そうすると、その裏側にいる人間が落っこちないのは、どういうわけでしょうか」
        「それは引力じゃないか」
        「よろしい、しからば引力とは、なんです」
        「引力とは、ねエ、地球のまんなかにある力です。まんなかからひっぱる力ですよ」
        「ご立派です。じゃあ、ニュートンが発見したように、いまリンゴを落とせば、下に落ちますね。でも、月は落ちてこないでしょ。それはなぜです」

        以下、北杜夫先生が遠藤大兄の科学知識のなさをおちょくるのだけど、北杜夫先生が言っていた英国の「地球は平たい教会」というのは実在します(笑)。

        地球平面協会」。wikipediaによれば、

        「地球が球体ではなく、平面体であるという信仰を支持するキリスト教非主流派の一派」

        なんだそうだけど、一種の原理主義者でしょうか。よく分からないけど、現代では常識とされることでも、信じないという人がいれば、それはそれで小さな思想上の集団になるんですね。思想ってなんでしょうかね。

        こういう人たちを一笑に付していいのかどうかは知りませんが、地震の原因が巨大な象のオナラであっても、別にいいですけどね、ピンちゃんは。自然法則なんて人それぞれで、或いは宇宙人なら別の法則があると思ってるひともいるみたいですから。困ったことだけど。

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        宇宙は神の創造物ではない
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          ○ローマ法王がホーキング氏に反論「宇宙は神の創造物」
          http://www.cnn.co.jp/world/30000707.html

          先月末の記事だから、少々鮮度は落ちているけど、2ちゃんねるでは地味に話題になってるみたいです。すぐに収まるかと思って無視していたのだけど、やはり気になる人が多いみたいです。ピンちゃんはキリスト教徒じゃないから、昔から科学とキリスト教(宗教)の矛盾について、信者はどう思っているのかなと不思議に思っていたのだけど、一般信者じゃなくて、権威あるローマ法王のお言葉であるからして、みなさん気になるんですね。
          ローマ法王ベネディクト16世は28日にローマ法王庁科学アカデミーで講演し、理論物理学者スティーブン・ホーキング氏の説に間接的な反論を展開、宇宙は神の創造物だと言明した。

          この言葉は、結局のところ「神」の定義とは何かって話に帰着するでしょう。宇宙の摂理そのものを神と呼んでいるなら矛盾はないけれど、特定の宗教の神を念頭において言っているなら誤りであるといわざるを得ない。

          科学の役割は神の存在を明らかにすることにもあると指摘。「科学者は世界を創造しているわけではなく、それについて学び、まねようとしている」とした。

          誤解ですね。神の存在を明らかにするのは科学ではなくて、哲学とか文学、或いは宗教そのものでしょう。科学という大きな集合(自然法則)の中に、哲学、文学、宗教なのどの部分集合があるのです。なぜなら、科学(自然法則)というものは、人類のものだけではなく、宇宙人が存在するとしても共通のものだからです。

          分かりやすく言い直せば、自然法則という集合の中に人類関連の集合があり、他方、宇宙人(と我々が呼んでるひとびと)の集合もある。それぞれの集合の中に部分集合があるのだけど、人類集合なのかに我々が神と呼んでる部分集合があるのです。宇宙人に神という概念があるかどうかは知らないけど、あるならあるのでしょう。しかし、それが人類の「神」と一致しているかどうかは不明です。

          つまり、「神」という概念は、人類の創造物です。
          さらに、科学者の役割は普遍の法則を創造することではなく観察することにあると強調、そこから導き出される結論として「人間ではない全能の知恵が存在し、それが世界を支えていることを認めざるを得ない」と述べた。

          う〜む、完全に誤解している。「普遍の法則を創造する」なんて語義矛盾というもので、普遍であれば創造する必要など無い。最初から「在る」のです。理論物理学者は創造ではなく、想像することはあるけれど、最終的には観察の結果得られた実験データが優先されるのです。つまり、科学者は「創造」などしてなくて、観察しているということです。
          ローマ法王庁科学アカデミーについても「教会が科学研究を重んじ、科学の熱意に感謝していることの証」だとしている。

          記事は上のようにまとめられているのだけど、基本的に科学に関しての誤解が根本にあるとピンちゃんは思う。部分集合である神の概念を、自然法則と同等か、もっと上のものだと思い込みたいがゆえの誤謬です。

          神は老獪にして…-アインシュタインの人と学問
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          1905年という奇跡
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            物理学徒であればピンちゃんが何を書こうとしているかわかると思うのだけど、もちろんアインシュタインのことなのです。アインシュタインが生まれたのは1879年なので、1905年といえば26才なのだけど、この年に彼は革命的な論文をみっつも発表した。

            特殊相対論に関しては誰でも知っているだろうけど、それ以外に、ブラウン運動と光電効果に関する理論も発表しています。そして、驚くべきことに、このみっつの理論は、その後の物理学の発展に決定的な重要性を帯びて君臨することになるのです。

            特殊相対論というのは、その後に発展した一般相対性理論と区別するための呼び方なのだけど、要するに、加速度が働かない慣性系での力学です。ニュートン力学を、光速に近い速度で運動する質点に拡張したものだといえば分かりやすいでしょうか。光速Cを無限大だとみなし極限をとっていたのがニュートン力学(古典力学)だとも言えます。

            なので、地球の周りに静止衛星を打ち上げるくらいの話であるなら、ニュートン力学を知ってれば事足ります。湯川先生は、世界初の静止衛星の打ち上げが成功したとき(だったと思うけど、違うかも)「ほんとに面白いね。こんなによい力学の例題はないね」とおっしゃった由。成る程ピンちゃんもそう思います。理論物理学者の感想というのは、そんなものなのです。

            ・・・

            一般的にはあまり知られていないブラウン運動の話は、確率過程という分野の発展の基礎になりました。水面に花粉を浮かべ、その花粉がどのように運動するかを観察した物好きな人がいて、それがブラウンというひとなのだけど、その運動を理論的に考察したのが若き日のアインシュタインです。その考察に確率的な考え方を導入したのがアインシュタインの非凡なところなのだけど、皮肉なことに、量子力学の確率解釈には最後まで反抗します。

            ちょっと筆が(というかタイピングが)先走ってしまったけど、アインシュタインの業績で忘れられないものに、光電効果の理論があります。恐らく、光の本質は何かというのは物理学上の大きな問題であり続けていると思うのだけど、光電効果を説明するために「量子」の概念を導入したアインシュタインは、やはり天才なのです。

            大学の理学部物理学科に進学したひとは「量子」とはなんぞや、ということを理解できるかどうかが、ひとつの試金石になると思います。ここを突破できないと、まともな物理学者にはなれませんぞ。自分で納得できるまで十分考えてください。

            ・・・

            日本にはまともな科学ライターというひとがほとんどいなくて残念に思っていたのだけど、ピンちゃんの記憶によれば、吉永良正というひとがいます。京大数学科を卒業した後なぜか哲学科に入学しなおした経歴の人だったと思います。吉永氏の著書は内容がしっかりしていて、面白かった。最近は見かけないけど、お元気でしょうか。

            科学一般の啓蒙書としては『零の発見』という吉田洋一先生の傑作があるのだけど、いまや総合大学の図書館くらいにしかないでしょう。科学エッセイとしてすぐれていたものに、ロゲルギスト名義のものがありました。なんとなくロシア語っぽい命名だけど、複数の科学者が書いてました。

            数学者とか物理学者には、意外と筆が立つ人がいるのです。吉田洋一先生は数学者だけど、物理学者の湯川先生も朝永先生も優れた随筆をものされています。ある日ある時、吉田先生の弟子が何やら語り出したことがあります。その場にいたということは、その方も数学者だったのでしょう(吉田先生の弟子なんだからあたりまえか)。そういう集まりでした。

            そして、地元で昔から持て余されていた人が長じて(たぶんヤクザみたいになってお金だけはもって)、自分の資産を地元に寄付して美術館を作ったというような話をされました。だから、何が幸いするかわからないよ人生は、みたいなことをとつとつと語られ、その語り口があまりにも鮮やかだったから、さすがは吉田洋一先生の弟子だと、尊敬の目で見られたのです。

            ・・・

            う〜む。またもや話がそれまくっているけど、1905年は科学史を考える上で特別な年で、アインシュタインは天才で、ピンちゃんは酔っ払いだという話なのです。

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