ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
アイヌの概要: The Ainu People-2
0
    Origin
    Scholars have advocated various theories about the origin of the Aine people. The theories include the Caucasoid (Caucasian) Theory, the Mongoloid Theory, the Oceania Race Theory, the Old Asian Race Theory, and the Solitary Race Theory. Some scholars have recently advocated the following hypothesis into which the Mongoloid Theory has developed. Mongoloid peoples once were of two types: Southern Mongoloid and Northern Mongoloid. Before the Jomon Period (several tens of thousands of years ago), the Southern Mongoloid started moving northward and settled the Japanese Archipelago, including Okinawa, over a long period of time.Later the Southern Mongoloid Played a major role in the Jomon Period throughout Japan. However, in the Yayoi and Tumulus Periods, the Northern Mongoloid came across the sea to Japan in great numbers. Today's ethnic Japanese (non-Ainu) are the descendants of people who were strongly influenced by there migratory processes. On the other hand, those people who were hardly affected by these processes became the Ainu in Hokkaido and the Tohoku region and the Ryukyu people in Okinawa.

    続きを読む >>
    | コラム | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
    アイヌの歴史と文化 Ainu History and Culture
    0
      最近のエントリで自分の出自とアイヌの話などを少し書いたのだけど、ちょっと思うところがあり、アイヌの歴史とか文化について不定期に少し書こうという気になった。ピンちゃんは自分にアイヌの血が流れているにしては意外にそういうことに無頓着で、本気になって調べたことはないので知識は断片的で、誰かにアイヌについて講釈するほどの知識はない。

      なので、たまたま手元にある冊子をご紹介したいと思う。英文と和文が併記してあるという、なかなかに世界を意識した内容で、ピンちゃんが斜め読みした印象では、しかるべき英語が堪能なひとに翻訳してもらったらしい立派な内容である。まずは、目次を紹介すると、
      アイヌの概要:The Ainu People
      食物:Eating Habits
      山菜採取:Wild Vegetables
      漁撈:Fishing
      狩猟:Hunting
      農耕:Agriculture
      着物:Clothing
      装身具:Ornaments
      住む:Housing
      信仰・霊送り:Religion/Sending Spirits Back
      人の一生:The Life of The Ainu
      神への踊り:Sacred Dances
      口承文芸:Oral Literature
      アイヌ語:The Ainu Language
      北海道のアイヌ語地名:Place Names
      アイヌ民族博物館:The Ainu Museum

      これらの目次の順序でアイヌについての文章をご紹介しようと思い立ったのだけど、まずは英文を、「続きを読む」の部分をクリックすると日本文という構成にしようと思います。単なる転載ではなく引用にするには、それ相応の自分の文章も添えないといけないだろうと思うので、どの程度の頻度になるか判りませんが、頑張ってみようと思っています。

      ・・・

      ちなみに、引用する英文、和文両方の出展は、下記です。

      「アイヌの歴史と文化」
      編集・発行 財団法人 アイヌ民族博物館
      | コラム | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
      アイヌの概要: The Ainu People-1
      0
        The Ainu People
        "Ainu" means "human." The Ainu people regard things useful to them or beyond their control as "kamuy" (gods). In daily life, they prayed to and performed various ceremonies for the gods.
        These gods include: "nature" gods, such as of fire, water, wind and thunder; "animal" gods, such as of bears, foxes, apotted owls and grampuses; "plant" gods, such as of aconite, mushroom and mugwort; "object" gods, such as of boats and pots; and gods which protect houses, gods of mountains and gods of lakes. The word "Ainu" refers to the opposite of these gods.


        続きを読む >>
        | コラム | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
        福島第一原発 時系列311-312
        0
          そういえば、阪神淡路大震災のときもあまりの出来事に我を失ってしまい、どういう順序でものごとが起きたのかあとで思い出せなくてもどかしい思いをした。そこで、分かる範囲で事実関係だけ羅列してみようと思う。メモがわりなので、個人的な解釈や感想ははぶく。尚、時刻に関しては、新聞発表された時間の場合がある。また、ほとんど朝日新聞のネットニュースを引用しているが、3月11日の記事内容が質、量ともに他の新聞を圧倒しているからである。

          3月11日
          14時46分:三陸沖を震源とするM9.0の巨大地震が発生。福島第一原発がある大熊町双葉町は震度6強
          14時50分:危機管理センターに官邸対策室を設置
          15時27分:菅直人首相は、北沢俊美防衛相に「自衛隊は最大限の活動をすること」と指示
          15時51分:福島県相馬港で9.3m以上の津波を観測
          15時54分:東京電力管内、404万6900戸で停電
          16時02分:原発周辺で火災や事故報告なし 女川・福島などは停止
          16時27分:原発停止は11基、大きなトラブル報告なし
          17時00分:「落ち着いて行動を」首相が国民にメッセージ
          17時53分:東電、千葉など火力発電12基停止 水力22カ所停止
          18時01分:東電、福島第一原発、外部電源が一部故障
          18時26分:福島第1原発の1、2号機が運転停止
          19時26分:福島第一原発トラブル 経産省が警戒本部設置
          19時58分:福島第一原発に緊急事態宣言 枝野官房長官
          20時00分:東電管内、394万軒が停電 午後8時現在
          20時30分:福島第一原発、緊急時態勢を発令 東電が初めて
          20時45分:福島第一原発、炉内の水位低下 続けば放射能漏れの恐れ
          21時00分:東北・関東で380万世帯停電 東京電力
          23時00分:東電、297万軒停電 首都圏供給に支障 午後11時

          3月12日
          01時52分:福島原発炉内蒸気、外に逃す作業検討 放射能漏れの恐れ
          03時17分:福島原発、放射能放出も 冷却装置が停止
          04時05分:放射性物質放出の可能性 福島原発、格納容器の弁開放へ
          06時00分:首相が被災地視察に出発「きちっと状況把握したい」
          08時05分:制御室1千倍の放射線 正門付近は20倍 福島第一原発
          08時07分:環境中の放射線測る装置機能せず 福島第一原発
          09時00分:福島第一原発1号機、格納容器の圧力下げる準備開始
          11時04分:福島第一原発1号機、燃料棒一部露出か 冷却剤の水位減
          11時16分:首相「津波被害の大きさ実感」 視察から官邸に戻る
          14時17分:福島第一原発1号機、炉心溶融の可能性 安全・保安院
          14時19分:福島第一原発1号機、セシウム検出 炉心溶融か
          14時22分:福島第一原発1号機、燃料の溶融が進んでいる可能性
          14時27分:福島第一原発 燃料棒1.5メートル露出 消防から注水
          14時30分:福島第一原発1号機、蒸気放出 大気中に放射性物質]
          14時55分:福島第一原発、水位低下止まらず 自衛隊出動
          15時30分:炉心冷やされていない可能性も 福島第一原発1号機
          15時30分:福島第一原発1号機から爆発音 煙を確認、4人搬送
          16時17分:東電、放射線量異常上昇と判断 福島第一原発
          17時15分:原子力安全・保安院、会見を延期「情報集約してから」
          17時57分:枝野官房長官「福島第一原発で爆発あった」
          18時00分:枝野氏「現時点では10キロ圏出れば大丈夫」 福島原発
          18時00分:福島第一原発爆発 保安院「情報収集進め判断」
          18時00分:「福島第一原発で爆発あった」枝野官房長官の会見全文
          18時05分:高レベルの放射線量を確認 福島第一原発、爆発音の直前
          19時30分:炉心溶融の可能性、東電も認める 福島第一原発1号機
          19時37分:放射線の計測装置すべてダウン 東電
          20時58分:原子炉本体「破損していない」 福島原発爆発で枝野長官
          21時36分:避難範囲拡大、対象住民は十数万人に 福島第一原発
          23時23分:原子炉建屋の爆発、露出した燃料棒が水蒸気と化学反応か
          23時27分:「爆発音」に各国緊張 IAEA、即応態勢整える
          | コラム | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
          津波太郎物語
          0
            子供の頃お気に入りの遊びに、堤防ごっこがあった。家から砂浜が近かったから、よく遊びに行った。どういう遊びかといえば、砂浜の適当なところに砂でお城を作る。最初は波が届くかどうかというところに作り出すのだけど、潮が満ちてくると最後にお城は波に洗われ崩れていった。

            何度も繰り返すうちに、沖に近いほうに作ると楽しめる時間は短いことがわかった。長く遊びたいなら、最初は波が届かないくらいのところがよい。本丸のお城(ドーナツ状にすることが多かった)を大急ぎに作った後、前方に独立した防波堤作り、自分のアイデアにご満悦であった。

            同じ遊びをする仲間達より、私の防波堤のほうが長持ちした。

            ・・・

            岩手県に宮古市田老町(たろうちょう)という町がある。そもそも津波被害が頻繁な町であった。中でも、

            慶長16(1611)年:慶長大津波
            明治29(1895)年:明治三陸地震
            昭和 8(1933)年:昭和三陸地震


            が有名である。いずれも田老町は壊滅に近い被害を受けた。しかしながら、先祖伝来の土地を捨て去るに偲び難い。そこで田老町が決断したのが津波防潮提の建設である。昭和9年に着工した。防潮提という耳慣れない言葉を聞いて、防波堤に毛が生えた程度と想像するのは誤りである。

            三度も壊滅の憂き目にあった田老町の人々は「永久に安住できる田老町とするために」というスローガンのもと、実に総延長2433m、高さ10メートルの防潮提──いわゆる「田老万里の長城」と呼ばれるものを完成させた。完成は昭和53年。実に44年の歳月をかけた。執念と言ってよい。

            上端部分は車が通れる3メートルの幅があり、基礎部分は22メートルに及ぶ。昭和9年当時の村長が傑物であった。ある地震学者は高地への移住を推奨し、政府もその意見に傾いていた。しかし、先祖伝来の土地を捨てきれない住人の意向を汲み、村長は防潮提建設を決断した。政府もその熱意に折れ、防潮提建設に協力したようである。

            その成果は、昭和35年のチリ地震において遺憾なく発揮された。近隣地域で被害が出る中、現在の偉容「田老万里の長城」の完成前であったが、被害は皆無であった。昭和33年までに完成していた部分だけで見事津波被害を防ぎきった。田老町民の安堵やいかばかりであったろう。

            この成果を聞きつけ、外国から来日した学者が「田老万里の長城」を紹介したことで世界的に有名になった。田老町民は誇らしく思っただろう。この時点で件の村長が存命であったかは不明であるが、それが泉下であっても、自分の決断に間違いはなかったと胸を撫で下ろしたはずである。或いは胸を張ったかもしれない。

            ・・・

            しかしながら、平成23年3月11日に田老町は四度目の壊滅的被害を受けたのである。現在のところ詳細な情報はないが、残念ながら田老町は四度目の敗北を喫したようである。これを誰が責められよう? 時代を遡り、昭和9年当時の村長の判断が誤りであったのか。

            私には判断することができない。極端な話「田老万里の長城」の高さを2倍にしていれば耐え切れたのかもしれない。しかし、その高さを支えるためには、何倍ものコンクリートが基礎部分に必要であったろう。その経済的な負担に田老町が耐えられたとは思えない。

            その津波被害の多さから「津波太郎」と呼ばれた町は、多くの敗北の後、一度だけ勝利を勝ち取ったかに見えた。しかし、自然の猛威は人間の想像を越えていた。これからも超えつづけるだろう。田老町民で生き残った方々は、どういう選択をすべきか。高台に居を移すか、まったく別の町に移住するか。或いは、もう一度同じ場所で再建を志すだろうか。

            私には分からない。
            | コラム | 00:00 | comments(2) | trackbacks(1) |
            CALENDAR
            S M T W T F S
            1234567
            891011121314
            15161718192021
            22232425262728
            2930     
            << September 2019 >>
            RECOMMEND
            RECOMMEND
            RECOMMEND
            RECOMMEND
            RECOMMEND
            SELECTED ENTRIES
            CATEGORIES
            RECENT COMMENT
            ARCHIVES
            モバイル
            qrcode
            LINKS
            PROFILE