ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
火炎型土器をつくる縄文人は何を見つめていたか?
0
    午前7時半起床。はれのち雨。

    北海道もすっかり春の足音が聞こえはじめました。ピンちゃんの記憶に拠れば、4月前半になごり雪が降り、本格的に春の訪れと相成るのですが、今日は雨。冬の終りというよりは、肌寒い春という1日でした。3月も残すところ1日。なんにしろ月日の流れは早いものですが、神の国日本においては4月1日から新年度です。

    ピンちゃんは共通一次世代で、しかも2回受けました(笑)。まあ、一浪したのです。2回目が最後の共通一次で、次の年からは共通テストとか名前が変わったように記憶してます。前期と後期に分かれて、国立大学を二校受けられるようになった境目だったのではないでしょうか。自分の受験後のことはよく知らないのですけど。

    共通一次は2回受けたのに、大学の2次試験は1回しか受けていません。現役の時は、なんと受験時間を勘違いして1時間も遅刻したので、試験そのものを受けられませんでした。受験日当日が不合格発表日というのは辛いものです。もともとボケ気味ではあるけれど、いくらなんでも痛恨の大ボケでした。実家に戻ってから、母に試験どうだった?と訊かれたのが死ぬほど辛かったです。経済的理由で私立併願はしていなかったし。

    札幌の北7西7のボロアパートで1年間浪人生活をしながら、代々木ゼミナールに籍を置いていました。籍はおいていたけど、初めての一人暮らしで、バイトとお酒の日々が始まったのがこの時でした。夏休みに受けた共通一次型模試(1000点満点)で300点台だったのをいまでも恨めしく憶えています(笑)。浪人生の夏休みといえば天王山。にもかかわらず当時は夜焼酎を飲みながら中島みゆきのカセットテープを聴いていました。チュウハイがはやったのがちょうど1985年頃だったんです。番茶割り、ウーロン割りで安い焼酎を飲んでいたなあ。

    その後紆余曲折はありましたが、2次試験で物理と数学の配点が高い大学を見つけて、なんとか合格したのでした。ちょうど20年前の事です。ということは、あれから20年経ったのですね(笑)。光陰矢のごとし──であるならば、矢でも鉄砲でも持ってきやがれと、開き直りつつある今日この頃なのです(笑)。今日もまとまりがありませんが、このへんで。

    JUGEMテーマ:日記・一般
    | 日記 | 02:29 | comments(1) | trackbacks(0) |
    回っている地球を見る
    0
      午前7時15分起床。はれ。

      床屋は髭剃りに始まり髭剃りに終わる。と、ピンちゃんは主張したい。

      「イチローみたいにお願いします」

      ふむ。完璧である。この突然の攻撃に散髪屋さんの女性は困っていたようだ。イチローを知らない散髪屋さんなど笑止。と余裕の笑みをたたえながら椅子に腰掛けるピンちゃん。横の椅子で洗髪を始めた件の女性の旦那さんと思われる男性と、おもむろに役割交換。なるほど。旦那さんはイチローを知っているのであろう。当然である。

      一気に短くなったピンちゃんの頭。目の前にある鏡の中に映る勇姿。のはずである。ピンちゃんの視力は0.03ほどなので、眼鏡をはずせば当然見えない。手持ち鏡で襟足の長さはどうでしょう?などと訊かれても、さっぱり分からないのである。しかし慌てず騒がず鷹揚に肯くのみ。紳士の嗜みである。床屋さんであれこれ注文をつけるなど下の下なのである。

      髪を切ったくらいで妙にテンションの高い文章を書いてしまいましたが、髪を切ったから今日は散髪記念日。ということで、少々お酒を頂いてしまいました(笑)。寝坊しない程度に控えましたが、それでも意味なく気合が入ってます。北海道に戻ってから2回髪を切りましたが、いずれも美容院。カットだけで4000円もするくせに髭もそってくれないので不満でしたが、今回は1800円で鼻毛まで切ってくれました(笑)。伸ばしに伸ばしてからいきなり短く切るのは経済的な側面もありますが、まわりの反応も面白いので、いつも切るときはバッサリ派のピンちゃんなのでした。

      ラジオを聴いていると、ちょうど年度末なので、人気のない番組は終わるようで悲喜こもごも。最近のピンちゃんはFMを流しっぱなしです。どこの放送局を聴いているのかわからないままですが「東京FM」「AIR-G」「アール」などという単語が耳に残っています。全国放送と北海道ローカルが入り混じっているようです。FMはヒット曲がたくさんかかるので、最近どういう音楽が流行っているかわかってきました。ピンちゃんは流行歌が好きなので重宝しています。

      まとまりないですが今日はこのへんで。

      JUGEMテーマ:日記・一般
      | 日記 | 01:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
      花の命は短くて苦しきことのみ多かりき
      0
        午後2時起床。天気はたぶん晴れ。

        白い巨塔は高視聴率のままつつがなく終了したようですね。実家にいた頃は見ていたけど、引っ越してからは見ていないので、ビデオになるのを待ちます。いや、それ以前にビデオデッキを買わなくてはいけないのだけど。

        と、ほのぼのとした書き出しから始まって宗教ネタを書いたところ、さるさる日記の自己検閲機能にひっかかりどうしてもアップできない。あちこち伏字にしてみたけどダメでした。しょうがないので、

        http://blog.livedoor.jp/milk33/

        にそのまま転載しておきました。どの言葉がまずかったのか想像しながら読んで下され。

        さて、仕方ないので他のことでも書きましょう。また週刊新潮を読んでます。4月1日号。新潮でピンちゃんが好きだったのは山本夏彦の写真コラムでした。夏彦翁が亡くなったので残念に思っていたら、いつからか『森繁久彌 大遺言書』が始まってました。森繁氏が語り、それを久世光彦さんが文章にするという趣向です。ちょっと待て。翁は80歳を過ぎ、すっかりボケているのではないか? ピンちゃんはそう思っていたのだけど、この連載を読む限り、まだ普通に会話できるらしい。ほんとかしら。

        ピンちゃんは大部分が久世さんの創作ではないかと疑っているのだけど、久世さんの文章は相変わらず上手いので、そんな細かい事はどうでもいい。森繁さんのことを書くなら、まさに久世さんは適任である。向田邦子さんが直木賞を取ったのが悔しくて(笑)文章を書き始めた遅咲きだけど、久世さんはピンちゃんが尊敬する文章家のひとりなのです。ピンちゃんが文章を書き始めたのはこの日記なのだけど、久世さんのような文章が書けるようになるのかしらん。ちょっと厚かましいかな(笑)。

        それと、新潮に北杜夫先生のご息女がコラムを書いているらしいと以前に書いたけど、正しかったようです。こちらは新潮社が北杜夫先生の小説の版権を欲しいから実情で書かせているのでしょう。内容が面白ければ無問題なのだけど、全然面白くない。困った事です。

        JUGEMテーマ:日記・一般
        | 日記 | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
        林檎みのる頃
        0
          午前11時起床。はれ。

          今日は休日出勤。月曜日に必要な測定センサーが届く予定だったのです。酷い二日酔だけど気合で仕事に行きましたが、数時間は頭が働かなくて、仕事している振りして誤魔化してました。夕方になってから必要なポイントをチェックして帰宅。

          昨日は仕事中に外出する用事があったので、お金をおろしてから不動産屋さんに寄る。すると例の女性一人だけ。いつもひとりで留守番しているらしい。非常に控えめな女性なのに、今回は向うから話し掛けてきました。

          「今日は仕事中なんですか?」
          「はい。外で用事があったもんで」
          「そうですか」
          「はい」

          弾んだ会話とは言いがたいけど、なにしろ会話は成立している。素面のピンちゃんとしては上出来である(笑)。世の中には女性とまともに話せないひとだっているのだから、ピンちゃんは社交的といってもいいくらいである。次はなんとか名前を知りたいものだ。

          最近またネット麻雀をしているんだけど、なかなか勝てない。ピンちゃんの実力はたいしたことないみたい。将棋も麻雀も解説書を読んで覚えた口だから、昔からいまいち勝負弱いところがあるし。目標はとりあえずR1500復帰だ。がんばるぞ。

          JUGEMテーマ:日記・一般
          | 日記 | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
          人魚を見たのはいつだっただろう?
          0
            午前8時40分起床。はれ。

            どうも最近忙しくて、集中力が週末まで持ちません。大抵金曜日に寝坊してしまいます。一昨日徹夜して某ソフトのマニュアル(簡単な操作方法だけです)を作ったのに、昨晩は1時頃までネット麻雀してしまったからかも(笑)。戦績は低調。一時R1300ちょうどまで落ちてから、R1392まで復帰したのに、昨晩でまたR1340くらいまで減少。賭け事は大抵そうだけど、頭ではこの辺が引き際だとわかっているのに、いや、次で大逆転できるはずだと感情が許さないのです。

            昼にアパートに戻り納豆卵ごはんと味噌汁を食していたらラジオで「私が春を感じる瞬間」という特集をしていました。子供の自転車を物置から出したとき春を感じますという微笑ましい投稿がありました。今年は補助輪をはずせるように特訓していますとのことなので、お子さんはまだ小学校へあがる前なんでしょうね。自転車を押える時にへんなところに力が入るのか、筋肉痛なんだそうです(笑)。

            うーん。テーマといい、投稿内容といい微笑ましくもほのぼのしています。ピンちゃんも小さい頃は補助輪付きだったな。いつから補助輪をはずせたかというと、6才頃だったと思います。近くにある夜間高校のグランドで兄と特訓したのです。兄が後ろから押してくれている間はいいんだけど、手を離されると途端によろよろして転んでしまう。徐々によろよろ走行の距離が伸びてきて、バランスを取りながらペダルをこぐコツを会得する瞬間があるんですよね。

            自転車で思い出すのは手放しと三角乗り。皆さんできます? 手放しは文字通りですが、三角乗りは説明が必要かもしれません。地域によって呼び名が違うかもしれないし。最近はあまり見かけませんが、酒屋さんなんかが配達に使う黒塗りの頑丈な自転車がありましたよね。股の間に1本余計なパイプがあって、後ろの荷台の巾は広くて二人乗りには適していなかったやつ(横から見ると▽になってる)。

            三角乗りとは、その▽部分の中にに足を入れて反対側のペダルをこぎます。それだけ(笑)。想像するとわかるけど、重心が中心からずれるので、自転車を反対側に倒すというのがコツです。それにしても、何故あんな余計なパイプをつけたのだろう?

            JUGEMテーマ:日記・一般
            | 日記 | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
            どこに私たちの悲しい寝台があるか
            0
              午前8時15分起床。はれ。

              世界中でテロや政治家の暗殺が流行っているようだ。ハマスの精神的指導者と言われていたヤシン師暗殺が中東全土に暗い影をおとしている。最初に一報を知ったときは、一部の跳ねっ返りの犯行かと思ったら、イスラエル政府が閣議決定していた。これでシャロン首相も畳の上では死ねまい。

              イスラエルをしてヤシン師暗殺に踏み切らせた直接的なきっかけは14日の同時テロ。もちろんヤシン師もハマスの創設者として多くのイスラエル人を殺してきた張本人だ。だから一概にイスラエルを責める訳にはいかないが、いかにも時期が悪すぎる。ブッシュ政権が大々的に掲げた「ロードマップ」など雲散霧消してしまって、憶えているひとのほうが稀だろう。パンドラの箱を開けてしまった犯人は誰なのか。。。

              ふむ。思わずシリアスなことを書いてしまった。ピンちゃん、脅えているのである。日本でもテロが起こったらどうしよう? どうしようもないのだ。日本でイスラム原理主義者のテロ被害に遭う確立は、飛行機事故で死ぬよりも少ないはず。それなら運命だと思うよりほかはない。

              いま手元には4月1日羽田行きの航空券がある。出張なのだ。9年前の今ごろは東京中が厳戒態勢だった。地下鉄サリン事件が3月20日、上九一色村の大捜査が22日。オウムの麻原も他の有力幹部も捕まっていなかったから、特に駅や地下鉄の警戒は厳しかった。きっと東京は9年前のような状況だろう。自分の悪運の強さを信じているとはいえ、4月1日というのが不吉だ。こんな冗談みたいな日にテロで死んだら洒落にならないと思うのである。

              事ほど然様に小心者のピンちゃんなんだけど、昨日は日本も捨てたものではないと思わせるほのぼのとしたニュースがありました。民主党代表菅直人氏が江角さんを国会に参考人招致すると発言したらしい。狙いは審議の引き延ばし──自民党に対する駆け引きなのだろうけど、菅ちゃんの脳内は春爛漫(笑)。日本はまだまだ平和なのだった。

              JUGEMテーマ:日記・一般
              | 日記 | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
              旅は驢馬をつれて
              0
                午前7時起床。はれ。

                昨日たくさん小説を実家から持ってきたので久しぶりに「本棚拝見」たぶん13回目くらい。今回は村上龍大先生の『コインロッカー・ベイビーズ(上)(下)』。この作品は書き下ろしで、1980年10月に講談社から刊行されています。

                1976年に『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞をとり、一躍時の人になった龍先生。受賞してから半年くらいは毎日インタビューを受けていたような気がすると後に述懐しています。事実『限りなく』の内容もあいまって、社会的事件といっていいほどの騒ぎだったようです。同年結婚した龍先生は、あまり小説を書かないであちこち旅行しています。

                受賞後第1作『海の向こうで戦争が始まる』を書き上げた後は、映画の脚本や自作『限りなく』の映画監督など、小説以外にのめり込んでいきます。本業以外に精を出しているうちに奥さんは妊娠し、経済的に苦しくなって追い詰められた龍先生が、田舎の温泉宿に篭って書き上げたのが『コインロッカー』なのです。前置きが長くなりましたが(笑)。

                この小説は近未来小説に位置付けられるのですが、内容は面白いにも拘らず、文章に緊張感が欠けているのが悔やまれます。吉本隆明大先生は悪い文章の見本としてこの作品を取上げ「ペンキ塗り」のような文章だと批判しています。さすがに上手い事いうもので、ピンちゃんも同感です。龍先生も書きながら「どうしてこんな文章しか書けないのか?」と思っていたそうです。何ヶ月も温泉にこもって小説を書いているうちに、どんどん奥さんのお腹が大きくなってきて精神的に追い詰められていた由(笑)。

                などと偉そうに書いていますが、初めて読んだ時は文章がどうこうなどといっている場合ではなく、興奮して一気読みしたピンちゃんなのでした。主人公は3人いて、コインロッカーで生まれた「キク」と「ハシ」、そして蛇を飼う美少女「アネモネ」。このアネモネちゃんの印象は強烈で、大学のジャズ研にいた美人ピアニストをかってにアネモネちゃんと名付けていたほどです(笑)。若い頃は数をこなすことに熱中して、再読することの少なかったピンちゃんですが、龍先生の小説だけは何度も読み返していたものです。

                大学生のころまでは『限りなく』のような退廃的な生活に憧れていた洟垂れ小僧だったのです。青春というのは恥ずかしいものですね。

                JUGEMテーマ:読書
                | 読書・映画 | 01:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
                CALENDAR
                S M T W T F S
                 123456
                78910111213
                14151617181920
                21222324252627
                28293031   
                << March 2004 >>
                RECOMMEND
                RECOMMEND
                RECOMMEND
                RECOMMEND
                RECOMMEND
                SELECTED ENTRIES
                CATEGORIES
                RECENT COMMENT
                ARCHIVES
                モバイル
                qrcode
                LINKS
                PROFILE