大学初年度における物理学の講義は、ほとんどすべてが力学から始まる。それは恐らく、力学が、物理学の中でも(幾何光学などと共に)もっとも古くから体系を整え、その後の物理学発展の範となった分野であり、また、力学で導入される力、運動量、エネルギー、……といった概念が物理学全体をつらぬく基礎概念として、先ず最初に習得されるべき性格のものだからであろう。理由はともあれ、とにかく最初に話される分野ということで、力学の講義は、否応なしに物理学序論としての役割をもになわされているわけである。
だが、力学の講義に課せられた特別な使命は多分それだけではない。この講義が、恐らくは自らの中に日々高まりゆく何ものかを漠然と感じながら集い来ったであろう前途有為の若者たちを前にして開講される、最初の講義の一つであることを思うとき、彼らをして一日も早くその内なるものの正体に気づかせ、学問することの喜びに目ざめさせるよう努力することこそ、この力学の講義に課せられた急務であるとの感を深くする。何故なら、学問に目ざめる以前の若者に教育を施すものは教師であるが、目ざめてのちの彼らを教育するものはもはや他者ではなく彼ら自身である。そして古来、真の教育の成果は、常に、この、自らが自らに対して行なう教育の中にこそ見出されて来たからである。
以上2つの使命に加えて、筆者は本書に対し研究者の養成という第3の使命をも課した。それは、本書の読者のうちの何割かは、将来研究者として、学問・技術の発展に対しその生涯を捧げることになるであろうと判断したからに他ならない。研究者とは、未知に遭遇してたじろがぬもののことである。自らに対しオリジナルな課題を与え得るもののことである。そして、もしそれが必要なら、いつでも群を離れて独りで闘えるもののことであろう。そのような研究者を育てるための確実な方法をもちろん筆者は知らない。だが、研究者が上記のような性格を備えた存在である以上、単なる知識の習得訓練以外の何らかの、一見、時間の無駄とも見える試みが早くからなされる必要があることだけは確かであろうと思われる。
上記3つの使命を念頭において書かれた本書は、したがって単に力学を教えるための力学の本ではない。たとえ結果的に見てその試みは失敗に終わっていようとも、力学を通じて物理学の何たるやを語ろうとした本であり、力学を素材として学問することの喜びくを伝えようとした本であり、そして力学教育を通して研究者の養成に資することを念願して書かれた本である。