2017.11.08 Wednesday
『大学入試必修物理(上)』駿台受験叢書
駿台予備校の物理の教科書として世評に名高い本書。ひょんなことから高校物理の復習を思いつき、ようやく上巻だけ読破できました。その感想を書く前に、少々昔の思い出話をしたいと思います。
本書を購入したのは札幌で浪人生活を送っていた1985年だったと思われる。いつ、どういう状況で購入したのかはさっぱり思い出せない。当時は代々木ゼミナール札幌校の生徒だったので、本書ではなく前田和貞先生の授業を聞いていた。
「前田の物理」はいわゆる受験のための物理で、駿台の『必修物理』は難しいけれど物理の本質から教えているという評判が高かったので、物理好きな私としては気になって購入したのだと思う。
成績は低空飛行だったから今年もダメだろうなと半分あきらめていた。しかし、忘れもしない1986年3月20日。思いがけず新聞の合格発表欄に自分の名前を発見したのである!天にも昇るくらい嬉しかったのを憶えている。すぐさま東北にある某大学の事務に連絡し、大学寮への入寮の仕方などを訪ねたのだった。大学事務員さんの、妙にのんびりした東北弁が昨日の事のように思い出される。
さて、大喜びしてから冷静になってみると実際に津軽海峡を渡り入寮するまでには2週間もの自由時間がある。これはもったいないと思い、始めたのが山岡荘八著『徳川家康』全巻読破と本書の勉強であった。
小説は面白く順調に読み進めたものの、本書はとても難しかった。普通の高校物理では微分積分はあらわには使わないことになっているのに、『必修物理』ではおかまいなしに使っている。
物理学の予備知識は要らないといったが、数学の準備がある程度できてないと困る。本書では微積分を遠慮しないでじゃんじゃん使う。「自然は数学の言葉で書かれている」以上、これはしかたのないことだ。はっきりいっておく。微積分なしに物理を理解することは不可能である。
まえがきより抜粋引用
がーん。私の数学の準備は不十分で全く歯が立たなかったのだった。。。orz
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ということで、30年の時を経てにっくき本書に再挑戦し、その結果をしたためたのがこのエントリなのである。結果から言えば、さすがに今回は数学の準備は整っていたおかげで内容はよく理解できた。自己判定によれば、理解度は80〜90%くらいだろうか。
おいおい、100%じゃないのかよと思われるかもしれないが、本書に出てくる数式などはほとんど全て計算して確かめてみた。ただ、それでも説明の仕方などで納得いかない部分もいくつかは残ったのである。そういうところは自分なりに納得できる説明を考えればいいのだけど、そういう所に拘っているといつまでも前に進めないので適当なところで切り上げざるを得なかった。
そういう訳で、30年前には全く手も足も出なかった本書を80〜90%理解できたことに関しては、自分としてはかなり満足している。
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本書の著者は、坂間勇、谷藤祐、山本義隆三氏による共著ということになっているけれど、恐らく山本氏が中心になり執筆されたものと思われる。高校生相手にここまで硬派な教科書を書くとは恐れ入るが、東大京大を目指すクラスで使われた教科書のようなので、それならこれを理解できる人もそれなりにいたのだろうなと思わざるを得ない。
一応、本書の中身についても少しだけ感想を書いておこう。まずは目次から。
1 質量と電気量──粒子に固有の量
2 速度と加速度──運動を記述する量
3 運動量と運動エネルギー──運動の基本量
4 重力と静電場──相互作用エネルギー
5 弾性波と音波──運動形態の伝播
6 温度──統計量
まず最初に粒子に固有の量として粒子数、質量、電気量などについての説明からはじまっている。具体的には電子、陽子、中性子についてである。相互作用には重力、静電気力、核力がある。相互作用があるおかげで陽子と中性子が集まり原子核になり、そこに電子が加わり原子になる。原子が集まり分子、結晶を構成する。こういう導入のしかたは「ファインマン物理学I力学」に似ている。ファインマン物理学は大学生に対する講義を教科書にしたものだから少々レベルが高いけれど、山本氏も同じレベルを目指したのではないかと思う。
速度と加速度が本書の最初の山場で、ここで物理学では重要な概念であるベクトルについて高校生のレベルを超えて詳しく説明してある。説明の仕方が整理されていない部分もあり、ベクトル、速度、加速度の意味をきちんと理解するかどうかで本書を読み進められるか否かが別れると思う。ちなみに、30年前の私はここで沈没したのである。
運動量と運動エネルギーは必ずしも微積分がなくてもある程度は理解できると思われるが、回転座標系における遠心力とコリオリの力などではやはり必要になってくる。この辺は一度できっちり理解するのは難しいだろう。
重力と静電気力はどちらも数式では距離の2乗に反比例するのでひとまとめにしていると思われる。重力についての考察からニュートンが万有引力の理論を作り上げ、その過程をかなり忠実になぞって説明していると思われる。ニュートンが『プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』を出版したのが1687年。日本なら5代将軍綱吉による「生類憐みの令」の頃である。ニュートン恐るべし!
5章の弾性波と音波に関する説明は力学部分と比べるといまひとつだったように思う。下巻をまだ復習していないので、そちらである程度補われている部分があるのかもしれないがよくわからない。波動について一般的に成り立つ数学的な表現などの説明があるけれども、これでは不十分だと思われる。
上巻最後は温度についてで、統計熱力学の分野。ここも中途半端な説明が多いように思う。もちろん、高校の教科書よりは突っ込んだ解説がなされているのだけど、これではかえって分かりづらいのではないかという感想を持った。高校の教科書は実験などについても適度に紹介されていてバランスが良い面もある。
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総合的な感想としては、高校で学ぶ範囲を大学初年級レベルで説明してある感じの内容であった。力学分野の解説は文句なく素晴らしいけれど、電気、波動、温度などでは必ずしも教育的ではない部分もある。私がその部分の教科書を書くとすれば、構成も含めて説明の仕方ももう少し違ったものになると思う。
良かったところは速度、加速度の概念をきちんと微積分を使って説明しているところで、
x = ( x2 - x1 )/( t2 - t1 )
ニュートンは上の式で時間間隔を短くしていく極限を考え左辺 x の上にドット(・)を載せた量を「流率」と呼んだようである。そしてこの方法を流率法と名付けた。流率のことを現在では速度と呼んでおり、これが微分の最も原始的な姿である。
微分法の誕生(ニュートンの流率法)
微分積分は高校の数学で習うのだから、それをどのように物理に応用するかを理解するのが重要だと思う。その意味では粒子そのものの軌跡を表すxy図、傾きが速度を表すx-t図、速度と時間の関係(その傾きは加速度!)を表すv-t図について、もう少し詳しく説明したほうがよいように思った。
いずれにしろ、今から下巻にもチャレンジする予定なので、下巻を読破してからもう一度考え直してみたい問題点である。あと、この教科書とは別に問題集もあり、こちらもとてもレベルが高そうである。時間的な余裕があれば是非とも全問解いてみたいが、どうなるのかはわからない。
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ちなみに、30年前にチャレンジした山岡荘八著『徳川家康』二十数巻は読破したけれども、北海道で生まれ育った私は内地の地理に疎く、関ヶ原がどこにあるのかもよく分からないままであったことにあとで気づいた。電車で岡崎から名古屋に向かう途中に気づくまで、漠然と関東のどこかだと思っていたのだ!
やはり本を読むときは注意深くあるべきだと悟ったのはこのときであった。