ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
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『家族の昭和』関川夏央著
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    昭和63年の年末は居酒屋に泊まり込んでいた。目出度くもない年が明け、店長に頼まれ店先に日の丸の小旗を掲げていると老人が歩み寄ってきた。

    「その日の丸はなぜだい」
    「はあ、天皇が亡くなりましたから」
    「そうか」

    老人はそのまま無言で立ち去ったが表情は満足そうであった。今にして思えば、若者が天皇陛下崩御に際し弔意を示していることに意を強くしたのだろう。老人を落胆させずに済んだのは上出来であったが、店長に頼まれ半旗を掲げはしたものの、22才の私は半旗の意味を知らなかった。山勘で答えたのがまぐれ当たりしただけなのである。

    居酒屋に泊まり込みでバイトしていた私は疲れており、天皇陛下の容体は気にかかっていたが、亡くなったと聞いてもさほどの感慨はなかった。私が物心ついた頃、昭和天皇は既に老人で、「あっ、そう」が口癖のおじいちゃんだった。時代の変わり目に自分がいたと気づいたのはもっとあとのことである。

    こうして自覚のないまま私の昭和は終わりを告げたのだった。

    ・・・

    家族の昭和 (新潮文庫)
    関川 夏央
    新潮社
    売り上げランキング: 523,013


    本書は関川夏央が家族像の推移という切り口から昭和という時代を再構成した労作である。ガイド役として選んだのは、向田邦子『父の詫び状』、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』、幸田文『流れる』、鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ掘戮覆匹任△襦

    この選択が成功したかどうかは難しい所であるが、最後のガイド役がテレビドラマであるのは異質である。『金曜日の妻たちへ掘戮肋赦陀年の家族像を知るためのガイドであるが、比較のためか同じ作者のドラマ『男女7人夏物語』『男女7人秋物語』なども参照されているから、その都合もあったのだろう。

    ・・・

    関川氏は本書で昭和の家族像を幾つかの角度から見ることで立体化しようと試みている。向田邦子は関川氏のお気に入りの作家らしく、その生い立ちから亡くなるまでをなぞることで向田家の物語を詳述している。向田家は「苦労人でわがままな父親を、家族全員が支える物語」である。

    私生児として生まれた邦子の父は学歴もなく苦労して保険会社で出世していく。祖母の葬式で父の苦労の一端を垣間見た邦子は、父が家の中でわがままであってもそれを許す気持ちになる。明治大正の時代には子が親を許すという感覚はなかったと山本夏彦が指摘していたが、昭和4年生まれの邦子は父を許すのである。明治大正にはなかった昭和の親子関係の特徴といっていい。

    平成の親子関係はさらにフランクになり友達感覚にまで近づいてしまうが、その萌芽は昭和にあったことになる。

    ・・・

    幸田文はいうまでもなく幸田露伴の娘であるが、明治37(1904)年生まれである。一代の碩学である露伴は娘に漢籍ではなく家事全般を叩きこんだ。向田邦子より25才年長の文の時代、女に学問は不要という考えが主流だったのだろう。昭和の家族像を立体的に見るための例として幸田家が適当であるとは思えないが、文のエピソードから関川氏は昭和の女性の自立についても書きたかったのであろう。

    ・・・

    昭和24(1949)年生まれの関川氏は『金曜日の妻たちへ掘戮脳赦60年代を語っているが、バブル前夜という時代背景を抜きにして語ることはできない。サラリーマンの夢が一戸建てという時代で、それは手の届く目標になっている。金妻以外に『男女7人』なども引き合いに出しているが、向田家について詳細に語られていたようなエピソードはほとんど出てこない。むしろ昭和の終わりという時代についての考察が主である。

    金妻は要するに浮気、不倫の話であるし、男女7人は30才前後の男女の恋愛物語なのである。1926年に始まった昭和が89年に終わるまで、家族像はどのような変遷を経たかというのが本書のテーマであったが、本書で取り上げたドラマはどれもそのテーマには即していない。その点は作者も気づいていて、足りない家族成分を小津安二郎の映画に求めている。

    ・・・

    『家族の昭和』というタイトルからすると羊頭狗肉な記述が目立つという欠点があり、この点で不満の残る本書であるが、これはおそらく最初からテーマと方法論に乖離があったからである。昭和の家族像の変遷を語るには向田邦子の個人的なエピソード(例えば恋愛話)が詳しすぎ、幸田文についても同様である。関川氏の個人的な興味に引きずられ過ぎている。テレビドラマは昭和末年における20代30代の恋愛話の分析としては興味深いけれど、本書のテーマからは外れている。

    結論としては、本書においては統一的なテーマがあるとは思わず、緩く関連しながらも各章が独立した昭和の物語だと思えばそれほど違和感はない。
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