ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
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うれしはずかし初体験
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    福岡のスナックで飲んでいた。まだ常連とは言いがたい程度の店だったけれど、明日から旅行にいくんだよとかなんとか、ご機嫌であった。これは事実で、一週間の予定でカナダへ旅行するはずなのに、前の晩に飲んでいたのである。

    似たようなことは何度もあって、私は何か大きな行事などがあると、精神の奥深いどこかで極度に緊張するらしく、訳の分からない行動をとってしまう。生まれて始めての海外旅行で(10年のパスポートを取得した)、しかも明日から一週間の予定なんだから、飲みになど行かずおとなしくすぐに寝ればよいのである。

    最初は穏やかに対応してくれていた飲み屋の女の子も「私だんだん心配になってきた」と。時間は深夜零時を超え、確か3時位まで飲んでいたのだ。福岡空港の出発時間は朝の8時くらいだったはずだから、なぜこんなに遅くまで飲んでいたのか自分でも分からない。たぶん、生まれて始めての海外旅行に緊張していたのである。

    ・・・

    電話の音が鳴っている。最初はうるさいなと漠然と思っていたのだけど、だんだん意識がはっきりしてきて、自分が致命的な寝坊をしていると気がついた。あせって電話に出てみると母である。そういえば、寝坊したらまずいと思い、愚母に朝の7時頃に電話してと頼んでいたのだ。

    ああ、わかった。起きたよ、ありがとうと言って電話を切ると、すぐにまた電話が鳴った。今度は研究所の美人事務員からである。彼女もカナダ旅行の参加者で、研究所では私と彼女とふたりだけが参加者なのだ。はいすいません、寝坊しまして、今からタクシーで行きます、とかなんとか言ったような気がする。

    一応荷物は準備していたから、大急ぎで大通りまで走っていってタクシーを捕まえ、空港まで大急ぎでと頼んだ。正式名称が板付なのか福岡なのかよく分からないのだけど、とにかく福岡の空港から成田へ国内便で行って、そこからカナダへ行く手はずなのだ。団体旅行であるから、ひとりでも遅れれば大騒ぎである。

    ああやばい、これはカナダには行けないんじゃないかとタクシー内で気をもんでいたのだけど、なんとかぎりぎり間に合った。飛行機も旅行会社の添乗員も、空港職員も私のことを待っていた模様である。携帯で連絡は取れていたから待っていてくれたらしいのだけど、旅の最初から大迷惑をかけてしまった。

    ・・・

    実はこの時点では、私はその大学に就職したばかりで、親しい人は研究所の美人事務員しかいなかった。他の人々は、ほとんど他の部署の人で研究者というか先生という立場のひとは私だけだった。みなさん事務員関係だった。なぜそんな旅行に私が参加したかというと、本来40万円くらいかかる旅行費の半額を大学側が負担してくれるということだったし、海外旅行なんてしたことがなかったし、研究所の女性事務員が美人だったからである。

    朝のドタバタはなんとかなったけれど、カナダまでの道のりは遠い。飛行機でも15時間かそれ以上かかった。ヘビースモーカーのピンちゃんはいらいらしていたのだけど、飛行機内が消灯する時間帯になって、同行していた事務のおじさんが話しかけてきた。お酒、好きかい? もちろん大好きなので、飲みますよと応えたら、スチュワードにお酒を頼もうということになった。

    そこから機内大宴会である(笑)。当時の私は30代そこそこで、欧米人から見れば20歳くらいに見えたかもしれない。そんな若造が何度も何度も more please とか言って水割りのお代わりを頼みにいったもんだから、スチュワードの禿のおっさんも胡散臭げに私のことを見ていた。

    そのときに気付いたのだけど、欧米人というのは、非常にアバウトな人々であった。お酒の注ぎ方とか、水がこぼれたりしても気にしない。胡散臭げな目で私を見ながら(こんな子供がなぜ頻繁にお酒をお代わりするんだ、みたいな)、バシャバシャ注いでいる。君は知らんだろうが、私は30歳の物理学者でお酒が大好きなのだ──と、言いたいような気がしたけど、やめておいた。

    機内でみんながねている間中飲んでいたくらいだから、その後も推して知るべし。一週間の旅行中、私は大酒のみの大学職員たちと飲みまくっていたのだ。

    一応、カナダのどこを回ったか報告しておきたいのだけど、よく憶えていない(笑)。添乗員さんみたいな女性が、氷河のことを「グレイシアー」とか言っていたことと、ナイアガラの滝が意外にきたなかったこと、大橋巨泉の店でカウチンセーターを買ったことくらいしか憶えていない。たしか、バンフという土地にも一泊したと思う。

    若い添乗員の女性と話したとき、プリンスエドワード島の話題になったから『赤毛のアン』の話をしてみたら、驚いたことに読んでないとのこと。なぜ読んでないんだろうと不思議に思ったけど、世の中には『赤毛のアン』すら読まないでカナダで添乗員のバイトをしている女性も存在するのだ。

    別の日には、年配女性の添乗員と酒鬼薔薇君の話になった。遠いカナダでもある程度は話題になっていたらしい。年配の女性添乗員は「彼はとても頭のいい少年ですね」と言った。私はネットで知った彼の噂について説明しておいた。年配女性は、私の話を聞いて、ああ、そうなんだ的な反応であった。

    ・・・

    まあ、大した話ではないのだけど、その後に回った観光地などでもガイドの日本人女性と話をした。あの湖が緑色なのはプリズム効果で云々とかいうから、ああ、正確に言うとレイリー散乱というのです。これは弾性散乱で、非弾性散乱をラマン効果といいます。とかなんとか、偉そうに講釈していた。嫌な客である。初めての海外旅行で緊張していたんだと思う。

    いよいよ最後の日の朝、ホテルのレストランで添乗員さんが奮闘していた。カナダのホテルの従業員に、

    I'm helping you up!

    と言っていたのがなぜか記憶に残っている。実際、添乗員さんは一生懸命朝の給餌を手伝っていたのだけど、昨晩のお酒が残っていたようにも思えた(笑)。実際、日本へ帰る機内でも、ちょうどここが植村直己さんが行方不明になったマッキンリーですとか、機内の重量バランスを崩すようなことを平気で言っていた。同行していた事務とか学食のおばちゃんたちがいっきに片方に寄っていたし。

    というようなことで、私の生まれて初めての海外旅行は無事終了した。おお、意外と英語通じるじゃんということと、カナダではトイレのことをウオッシュ・ルームというらしいという、どうでもいい知識を身につけて帰国したのだった。
    | エッセイ | 00:00 | comments(3) | trackbacks(0) |
    コメント
    まぁ 日本の優秀かつ鈍感な官僚と議員達に、ごねたり 説得したりと、最速の道を進んで三法を通した功績は大きいですね。
    | きん | 2011/08/28 12:50 AM |
    ピンちゃんの黄金期ですなぁ。
    その当時はまさか今のような状態になるとは
    まったく想像できなかったでしょうね。

    でも、大学教員になれない人の方が圧倒的多数でもありますね。
    というのも、大学教員の椅子には企業からの横滑りなど色々あるみたいですからね。
    | fx | 2011/08/28 3:41 AM |
    きんさん
    初めましてでよかったですか? 菅さんがこだわった三法だけど、それがよかったかどうかは、今後検証されるべきでしょう。大震災の混乱で、日本人全体が浮き足立ってしまい、冷静に判断することができていないと思われます。

    fxさんへ
    大学教員のポストが狭き門なのは、企業関係というよりは、もともと狭き門なのです。理系の場合学位を取るのは20代後半で、すぐに30になります。そこで失敗すると人生そのものがかなりまずくなりそうな感じだし、そもそも学者になりたいなんてひとは、全体から見れば少数で、普通は大卒か、せいぜい修士修了で企業に就職するでしょう。

    ただ、私が院生になった頃はバブル景気に沸いていて、東大の有馬学長だか総長だかが(物理学者なんだけど)、基礎研究の予算を増やせとか、博士研究員を増やすべきだとかがんばって、博士課程まで進む人が増えた。

    けれど、大学の数は変わらない以上、アカデミックポストの数も増えないので、席にあぶれた大量のオーバードクターが発生したのです。私は運がよいほうで、何年間かは大学とか研究所に所属できましたが。
    | ピンちゃん | 2011/08/29 9:13 PM |
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