ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
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戦後日本の復興について
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    高校生までのピンちゃんは社会科というものが大嫌いで、中学生の頃習った事も、高校で履修した日本史も地理も興味が持てなかった。高校生の時は世界史を選択しなかったから、そもそもいまでもよく分からない。なぜ興味がもてなかったのは自分でも不明なのだけど、高校を卒業してからは社会科で教えられる範疇のことが大好きになってしまった。ほんと、不思議なことである。

    縄文弥生みたいな古代のことも興味があるけれど、ピンちゃんの興味の中心は近現代史である。戦前、戦中、戦後でいうなら、特に戦後日本のことに興味がある。一度は焼け野原になった日本が、どのように復興し、バブル景気で頂点を迎え(思い上がり)、そして現在の状況にあるのか。

    ・・・

    もちろん、上に書いたような大きな問題はピンちゃんの手には余るので、小さなことを書きます。

    昔の公務員の待遇というのは、あまりよくなかったようです。教師の待遇が今日のように高くなったきっかけは、田中角栄だったと記憶してます。彼が教師の待遇を引き上げた。どのくらい引き上げたかといえば、ピンちゃんの昔の彼女は私立の女子高の先生になったのだけど(1990年頃)、最初から半期のボーナスが40万か50万くらいあったみたい。年収も400万円以上だったんじゃないかなあ。

    20年前でこれだから、彼女が今でも教師を続けているとすれば、年収は600万円以上でしょう。日本経済の隆盛に(何年か知らないけど)遅れながら公務員の待遇も上がりつづけ現在に至っている。バブルの頃に公務員になった方々は、経済的な大成功よりは安定を求めた方々で、能力的にも中流の方々であったでしょう。

    ・・・

    もうひとつ思い出すのは、唐突ですが1972年のあさま山荘事件です。佐々さんの著書によれば、長野県警と警察庁、警視庁の混成チームでことにあたったそうですが、朝食はごはんと生卵、みそ汁だけだったとか、隊員全体の給食が大問題で、その費用を佐々氏が個人的に警察内の住宅ローンで立て替えたなどのエピソードがありました。

    時は流れ幾星霜。2000年の沖縄サミットでは、警備に当たった機動隊員たちの弁当が豪華だとか批判されていたような記憶があります。記憶は曖昧だけど、とにかく卵ご飯みたいな貧相なお弁当ではなかった由。小渕首相といえば、米国マスコミから「冷えたピザ」と揶揄され、ブッチフォンで話題になったり、2千円札を作ったりと話題にはことかかなかった。

    実際はあさま山荘事件での佐々さん方式で、担当者が個人的に代金を建て替えていたらしいですが、内部の機構は古いままであるにしろ、機動隊員の待遇は、28年前に比べると劇的によくなっていたみたいです。沖縄サミットで日清がカップヌードルを提供したという話は、寡聞にして知りませんからね。

    いずれにしろ、日本は1970年代よりは豊かになり、バブル景気でピークを迎え、その後は失われた15年とか20年とか文学的な言い方がなされてます。公務員が勝ち組と呼ばれるようになるなんて、バブル世代のピンちゃんには想像できないことでした。正直に書けば、国家I種は別として、バブルの頃に公務員になるなんて、自分は能力がないと言っているようなもんだとピンちゃんは思っていたのです。

    ・・・

    だからピンちゃんは母に道庁の試験を受けろと言われても鼻で笑いながら物理学者を目指していたのだけど、ピンちゃんに予知能力があり、バブルが崩壊した後ここまで不況が続くと知っていたら、どうしていただろう。守りに入って、安定した生活を求めていただろうか。こんな仮定をしても自分でもよく分からないのだけど、たぶん、安定した生活は求めなかっただろうと思う。

    負け惜しみにとってもらってもいいのだけど、ピンちゃんは今のワーキング・プアの不安定な生活をそれなりに楽しんでいます。なによりいいのは、精神的なプレッシャーが少ないことです。先日の赤貧日記に書いた通り、警備員はたまに事故の危険性に直面するし、その瞬間は緊張したけれど、そういう事例はめったにないことなのです。

    ・・・

    戦後日本が奇跡的な復興を遂げた外的要因はいくつもあると思うけれど、まずは朝鮮戦争でしょうか。具体的な話より、米国が日本を世界的な共産化の波を食い止めるひとつの防波堤であると認識し、そのように行動したのがよかった。

    米国は沖縄の基地を極東の軍事バランス上必要だと考え、日本としては沖縄を日本領土に復帰させたかった。当時の世相から「核抜き」で沖縄を返還して欲しい日本政府と、表面上の核抜きはいいけれど、いざという時にはこっそりでいいから核を持ち込みたい米国政府の思惑の落し所が「密約」だった。

    ピンちゃんは1966年生まれで、あとから歴史を俯瞰しているから個人的にはしょうがなかったんじゃないのと思うけど、当時の若者だったら義憤を感じていただろうと思う。そういうことはいくつもある。だから、昔なら団塊世代を思いっきり批判していたピンちゃんなのだけど、今は、彼らの思いもある程度は想像できる。

    若者の正義感は時代には関係ない。いつの時代でも若者は幼く、その正義感は世間知らずの恨みがある。しかし、いつの時代でも若者の正義感は必要だろうと思う。60年代、70年代の学生運動はある種の必然で、日本の民主主義が成熟する上での通過儀礼であったろうと思う。

    60年代、70年代の大学生なら恵まれた境遇で、親掛かりで大学までいかせてもらいながら世間を知らず、頭で考えただけで正しいとか正しくないとか、Yes、Noで世の中を見ていたのは、いかにも幼かっただろうとピンちゃんは思う。

    個人的には勝手に団塊世代と和解しているのだけど、今でもどうしても許せないのは、彼ら団塊世代で学生運動をしていた恵まれた人たちが、いまだにきちんと総括をしていないと感じるからです。活動家のあるひとは農業とかエコ方面に逃げてしまった感じが強い。

    ・・・

    元東大闘争全学共闘会議代表の山本義隆氏が中心となり、当時の出来事を記した文書を発表したことがあると記憶している。しかし、一切の意見はつけず、客観的な当時の資料として発表したと思う。読んでないからよく知らないけど。この態度にピンちゃんは疑念を感じてます。読んでないからしょうがないとしても、ひょっとすると、自分の死後に発表してくださいというような文章があるんだろうか。

    ピンちゃんがなぜ拘っているかと言えば、山本義隆氏は控えめに言っても理論物理学者としての秀才です。将来を嘱望されていたひとなのに、学生運動にかかずらわって、その才能を開花させられなかった。予備校講師として生活しながら、非常に優れた科学史、或いは物理学史、更には科学思想史という分野で優れた著作を発表されている。

    それだけでも才能豊かなひとだと分かるのだけど、その才能の一部を潰してまで関わった学生運動について一切語らないのはずるいとピンちゃんは感じるのです。ピンちゃんは一浪してから大学合格の報を受け、実際に引っ越すまでの2週間ほどの間に、山本義隆氏の『必修物理』を一生懸命勉強しました(『必修物理』は絶版みたいなのでリンクは『新・物理入門』です)。

    とても難しく、当時きちんと理解できたとは思わないけれど、これほどの教科書を著した山本氏が物理学者としての栄光を受けられなかったことがピンちゃんには残念でならないのです。「戦後日本の復興について」というタイトルで書き始めた文章は、どんどん最初の思いからずれてきてなんだかわからなくなってしまったけど、許してくだされ。

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    ピンちゃんみたいに才能のないひとの晩年がどうなろうとどうでもいいけれど、山本義隆氏みたいなひとは、他人事ながら残念でならないのです。嗚呼。

    ・・・

    長々ととりとめのないことを書いてしまいましたが、戦後日本の復興は目覚しく、経済的には世界第2位にまで踊り出たのです。現在はGDPで中国に抜かれ第3位に後退したそうですが、中国は日本の10倍も人口があるのだから、心配する必要はないんじゃないかと思います。というか、毛沢東が余計なことをしなければ、もっと早い時期に抜かされていたでしょう。

    ピンちゃんは、戦後の日本がここまで復興し、一度は世界第2位の経済大国にまで登りつめたのは自民党の功績だと思い、2ちゃんねるなどでも何度も書いてきました。決して社会党や共産党のおかげではありえません。もちろん、自民党にも問題はあり、それを批判するひとびとは必要で、その意味では社会党や共産党にも存在意義があった。

    しかしながら、社会党の一変種の民主党が与党になり、やはり批判だけしてきた人には政権運営能力はなかったんだなという現実が明らかになってきております。ピンちゃんは個人的には任期いっぱいまで頑張って、民主党がもう一度野党になってから日本の再生は始まると思っています。

    文句だけ言っていた野党時代と、実際に与党として日本の舵取りをまかされるのとでは、民主党の皆さんも随分事情が違って驚いたことでしょう。今回の政権交代に意味があったとすれば、嫌味でも何でもなく、民主党の皆さんが政権与党という立場の厳しさに気づいたことであろうと思っています。

    民主主義とはまことに迂遠な政治体制で、ひとりの卓越した指導者の独裁主義のほうが効率はいいのではないかという誘惑に負けそうになるけれど、その誘惑に負けてはいけないと思う。こうやって揺り返しがありながら、日本の政界が少しづつ変わっていくしか手はないのでしょう。

    ・・・

    要するに、ピンちゃんは戦後日本の復興の過程は正しかったと思っているし、現在の民主党政権によるいざこざも、受け入れます。統一地方選とかいろいろあるなかで、日本は復興に向かうと信じております。政界再編があるかもしれないし、ないかもしれないし、よくわからないけど、ピンちゃんは日本の復興を疑っていません。

    【追記】2011.02.25
    ふむ、読めば確かに自分で書いた文章なのだけど、いったい何を思ってこんなこと書いたのか思い出せない。それでも最初のうちは大して酔っていなかったみたい。それが、途中から加速度的に酔ってきて、最後は訳が分からない。ほんと、困ったことである。


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    | 雑文 | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
    コメント
    戦後日本の復興は、満州国建国により、当時としては画期的な経済実験に成功したから。

    いままた、知識社会、情報化社会向けの経済実験が必要とされている。

    はたして、満州国で行ったような経済実験を、世界のどこかで行って、その成果を日本に持ち込むことができるやら。
    | enneagram | 2011/02/25 7:54 AM |
    満州と戦後復興の関係は分かりませんが、想像するに、戦争が終わった開放感が大きかったんじゃないかなあ。中途半端な状況で持ちこたえようとするより、いっそのこと全て失ってゼロから再出発するからには、前に進むしかないという明るい勢いがあったように感じますね。

    いずれにしろ、こんな訳の分からないエントリを書いてしまって恥ずかしいっす。書き出したときには、ある程度の構想があったはずなのだけど、思い出せない。。。
    | ピンちゃん | 2011/02/26 12:20 AM |
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