ピンちゃんの赤貧日記

明日は明日の風が吹く
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1905年という奇跡
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    物理学徒であればピンちゃんが何を書こうとしているかわかると思うのだけど、もちろんアインシュタインのことなのです。アインシュタインが生まれたのは1879年なので、1905年といえば26才なのだけど、この年に彼は革命的な論文をみっつも発表した。

    特殊相対論に関しては誰でも知っているだろうけど、それ以外に、ブラウン運動と光電効果に関する理論も発表しています。そして、驚くべきことに、このみっつの理論は、その後の物理学の発展に決定的な重要性を帯びて君臨することになるのです。

    特殊相対論というのは、その後に発展した一般相対性理論と区別するための呼び方なのだけど、要するに、加速度が働かない慣性系での力学です。ニュートン力学を、光速に近い速度で運動する質点に拡張したものだといえば分かりやすいでしょうか。光速Cを無限大だとみなし極限をとっていたのがニュートン力学(古典力学)だとも言えます。

    なので、地球の周りに静止衛星を打ち上げるくらいの話であるなら、ニュートン力学を知ってれば事足ります。湯川先生は、世界初の静止衛星の打ち上げが成功したとき(だったと思うけど、違うかも)「ほんとに面白いね。こんなによい力学の例題はないね」とおっしゃった由。成る程ピンちゃんもそう思います。理論物理学者の感想というのは、そんなものなのです。

    ・・・

    一般的にはあまり知られていないブラウン運動の話は、確率過程という分野の発展の基礎になりました。水面に花粉を浮かべ、その花粉がどのように運動するかを観察した物好きな人がいて、それがブラウンというひとなのだけど、その運動を理論的に考察したのが若き日のアインシュタインです。その考察に確率的な考え方を導入したのがアインシュタインの非凡なところなのだけど、皮肉なことに、量子力学の確率解釈には最後まで反抗します。

    ちょっと筆が(というかタイピングが)先走ってしまったけど、アインシュタインの業績で忘れられないものに、光電効果の理論があります。恐らく、光の本質は何かというのは物理学上の大きな問題であり続けていると思うのだけど、光電効果を説明するために「量子」の概念を導入したアインシュタインは、やはり天才なのです。

    大学の理学部物理学科に進学したひとは「量子」とはなんぞや、ということを理解できるかどうかが、ひとつの試金石になると思います。ここを突破できないと、まともな物理学者にはなれませんぞ。自分で納得できるまで十分考えてください。

    ・・・

    日本にはまともな科学ライターというひとがほとんどいなくて残念に思っていたのだけど、ピンちゃんの記憶によれば、吉永良正というひとがいます。京大数学科を卒業した後なぜか哲学科に入学しなおした経歴の人だったと思います。吉永氏の著書は内容がしっかりしていて、面白かった。最近は見かけないけど、お元気でしょうか。

    科学一般の啓蒙書としては『零の発見』という吉田洋一先生の傑作があるのだけど、いまや総合大学の図書館くらいにしかないでしょう。科学エッセイとしてすぐれていたものに、ロゲルギスト名義のものがありました。なんとなくロシア語っぽい命名だけど、複数の科学者が書いてました。

    数学者とか物理学者には、意外と筆が立つ人がいるのです。吉田洋一先生は数学者だけど、物理学者の湯川先生も朝永先生も優れた随筆をものされています。ある日ある時、吉田先生の弟子が何やら語り出したことがあります。その場にいたということは、その方も数学者だったのでしょう(吉田先生の弟子なんだからあたりまえか)。そういう集まりでした。

    そして、地元で昔から持て余されていた人が長じて(たぶんヤクザみたいになってお金だけはもって)、自分の資産を地元に寄付して美術館を作ったというような話をされました。だから、何が幸いするかわからないよ人生は、みたいなことをとつとつと語られ、その語り口があまりにも鮮やかだったから、さすがは吉田洋一先生の弟子だと、尊敬の目で見られたのです。

    ・・・

    う〜む。またもや話がそれまくっているけど、1905年は科学史を考える上で特別な年で、アインシュタインは天才で、ピンちゃんは酔っ払いだという話なのです。

    JUGEMテーマ:科学
    | 科学全般 | 00:00 | comments(5) | trackbacks(0) |
    コメント
    こういうエントリ好きです。
    んでヤノケン。昔はヤノケンといえば、矢野健太郎先生でした。確か「暮らしの数学」だったかなぁ。小学校の担任の先生に貸してもらって夏休みかけて書き写した記憶があります。そこが運命の分かれ道?人生を誤ったような気がします・・・。S30年代の先生の著作で、生まれる前の本だ♪と妙に感動した記憶があります。
    そうそう、吉田武さんの本を読んで、矢野先生はヴァイオリンを弾いておられて、日本のロケットの父・糸川英夫博士はチェロを弾いておられたと知りました。なんか物凄く嬉しくなりました。ではでは。
    | えいねん | 2010/08/10 8:46 PM |
    なんでピンちゃんがお酒を飲み始めたのかを聞きたいです。
    わたしは学生のころはほとんど飲みませんでしたが、就職して飯場で生活するようになって、先輩たちに仕込まれました。
    いまは晩酌大好き人間となりました。スナックも。
    | ぽこぺん | 2010/08/11 1:01 AM |
    いやいや、今も昔もヤノケンといえば、矢野健太郎先生のことでありましょう。私の書架にも何冊かヤノケン先生の著書がありますぞ。

    | ピンちゃん | 2010/08/11 1:04 AM |
    おお!それは嬉しいお話です。書き忘れですがヤノケン先生とイトカワ先生は同じオケで一緒に演奏していたです。だから嬉しくなっちゃったんですね。
    そういえば、物理のドレミファ、化学のドレミファなんかも中学の頃夢中になって読みました。物凄くワクワクしましたね。あとは高木貞治先生の著作も心が洗われる想いが致します。居住まいを正されるのは小林昭七先生です。著作と同様、本当に端正だなぁと特別講義を思い出してしまいますです。そういえば昔Feynman先生が大好きと書いておられましたね。経路積分の理解の取っ掛かりになつたのは、結局先生の著作でした。最初手が出ませんでした・・・。ハズカシイ話でした。
    | えいねん | 2010/08/11 2:01 AM |
    Feynmannという物理学者は正真正銘の天才なのだけど(物理学者に天才は多いけど)、意外と誰も知らなかった新しい発見というのはありません。一度だけ統計物理の分野で新しい発見をした瞬間があって、そのときは幸福だったと述懐されてます。

    ほぼ同時期に若い他の物理学者も同じことを思いつき、Feynmannより先に論文を発表してしまったのだけど、それでもその時の幸福感は薄れなかったそうです。世界中に60億人くらいの人々が生きているようですが、その中でこの真理を知っているのは自分だけだという喜びだったのでしょう。

    ファインマンについて付記すると、第2次大戦中、ロスアラモスだったかサンタフェだったか忘れたけど、原爆開発に従事します。若き天才物理学者がくるということで、受け入れ側の施設でも非常に緊張していたみたいです。

    その当時ファインマンはアイリーンという女性と付き合っていたと思うのだけど、その時の話はとても胸を打ちます。この女性は不治の病で、結局亡くなるのだけど、世界各地で並行的にいろんなドラマが進むのが歴史なんですね。
    | ピンちゃん | 2010/08/11 9:42 PM |
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